そして事務所のお手伝い開始、増設される事務所建物の室内の雑巾がけ、これからパソコンを置いたりする場所となるらしい。関東組がメインでこなし、私も少し手伝った。その後は名護市議会議事録の意訳をすることになったが、しばらくしてこの作業は中断となった。

新事務所 国井さん
木村さん 私自身
新事務所に雑巾がけをしているところ、これから電気工事などが行われ、パソコンが運び込まれるとのことである。
国道沿いの川 事務所に街宣者到着
再び事務所近くの川から、海が近く、満ち潮により水かさが上がっている。 「海と風の宿」み止めてある街宣車がやってきた。これに乗って署名廻りに出かけた。

海と風の宿・看板 海と風の宿の看板はこんな感じである。

 急遽、本日の宿泊地・瀬嵩の「海と風の宿」の御主人・成田正雄さんが、市長リコール署名の前哨戦となる、二見以北十区独自の基地建設撤回署名で動くから手伝って欲しいということで、私は関東の1人と共に、車に乗り込んだ。成田さんは車椅子に乗っていて、運転手の榎本さんだけでは大変だということでお手伝いすることになった次第、本当は年頃の女の子がいれば別の効果もあったのだが、まあそれは後述の内容から想像してもらうことにしよう。なお、成田さんは私と同郷出身であり、長いこと本州で生活して7年前から名護生活を営んでいる。

 とある部落に着く。部落の老人会会長宅が最初、この署名に応じてくれたが、肩書きが肩書きゆえにリコール署名の受任者にはなりづらそうで、陰で支えていくと言ってくれた。この地区の方々は次々と署名に応じてくれた。そのうちの1件は、バンドを持っている人で、いろんなジャンルの音楽を人に教えているとのこと、基地建設には大いに反対、自分にできることがあったら手伝ってくれると嬉しい言葉を頂いた。
 更にもう一つの部落に入る。まだ署名活動の廻り切れていない家が数件あるとのことで一軒一軒廻っていったが、その中には旧正月でもともと住んでいた家に戻って過ごしている、という人もいて必ずしも署名に結びつくものではなかった。更にここでは意外なる言葉が跳ね返ってきたりした。

 長いこと普天間地区で過ごした男性が、普天間地区の小学生の不安を解消するためにこちらの海上基地に賛成だと、海の生物より人間の方が大事、本当はない方がいい基地だが大陸の脅威があってなくせない・・・なんともヤマトンチューの理論が入ったコメントで非常に悲しいものがあった。成田さんはこの男性と落ち着いて語り合っていた。この男性の父親(おじい)は署名に協力、話し合いが長引いたために若夫婦から水が入り、30分に渡った語りは終了した。

 別の家では、署名の話はさておき、若い人がこの部落で暮らせるよう、経済振興に努めて欲しいという話を延々と受けた。どちらかと言うと基地建設を断れないような感じであった。経済振興のみならず、部落の連帯の都合上、署名に前向きになれないようであった。この部落でも署名協力してくれた人が少なからず居るのであるが、ここでは話が堂々巡りして先方とこちらが平行線の一途を辿るだけであった。

 署名運動からの帰り、成田さんは改めて「部落の連帯」について話をしてくれた。世田谷育ちの私には、部落の連帯が「悪い方向」に働くケースを全く知らずに過ごしてきた。それだけに非常にショックであった。加えて署名を断った人たちのほとんどは基地とそれ以外のものとの間の「二者択一」の境遇に置かれていたのである。平和に安心して暮らすために必要な条件が二者択一されなければならない境遇を改めて見せられた次第である。本日の時点で、二見以北十区の住民及び出身者合わせての署名が1000人を越え、会の方ではリコール運動前の追い風としていくようであった。

※プライバシーなどの問題を考慮して、部落名は伏せさせて頂きました。